言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第2話(イマココ)
“誤解”というモノは大概の場合、解けるものなら早いうちに解いておくに限る。
そのタイミングを見失えば、真実を言い出すこともできぬまま誤解に誤解が重なって「もうコレ、バレたらいろいろ終わりじゃね?」というレベルに達してしまうことだってあるのだ。
――そのことを、当時の自分が理解できていたならと、今の俺は切実に思う。
これは、まだいろいろと考えナシで、世の中の大概のことは最終的に自分の都合の良い方向へ転んでくれると信じていた俺の、リアル中二時代の物語である――。
「ところでアーデルハイド様、こちらの世界にいらしてから言語以外で何か、あちらの世界との違いを感じたりはなさいませんか?たとえば空気の薄さですとか、気温や湿度ですとか……」
うっかり確定させてしまった俺こと高橋光太郎の“こちらの世界での通称名”をさっそく呼びかけ、フローラがナナメ下から俺の顔をのぞき込んでくる。
髪やドレスが揺れた拍子に甘い香りが漂ってきて、俺の心臓は再び激しく動悸し始めてしまった。
(何か……めっちゃイイ匂いすんだけど……っ!“姫”ってのは、こんなイイ匂いのする生き物だったのか……っ!?)
内心の動揺を必死に押し隠し、俺は平静を装って口を開く。
「いや、べつに。あっちの世界でも国や地域や地形によって気候は違うし、大気や温度の状態も常に変化してるし、そんな違和感はないな。むしろ穏やかな春の陽気って感じで快適だし」
「そうですか。ひとまず安心致しましたわ。こちらの世界の環境が、異世界人であるアーデルハイド様の生存に適さないものだった場合、大変なことになりますもの。これからも、何か少しでも違和感があればすぐに仰ってくださいね」
にっこりと微笑んでフローラが言う。その笑顔と、まるで一流画家の見事な筆さばきで描き上げられたかのような形良い眉毛にぼーっと見惚れて、俺はその言葉の中に潜んでいた不穏な一言をさらりと聞き流してしまった。
「では、まずはこの“界聖玉宮”略して“界聖宮”の中をご案内致しますわ」
言いながら、フローラがさりげなく俺の手を引く。柔らかなその手に手を引かれて“この世界最初の一歩”を踏み出しながら、俺は何だかめまいのようなものを感じていた。
「ちょ……っ、あの、フローラ……っ、手ぇ引っ張られなくても行くし……っ」
心臓やら全身の脈やらが今までにない活発な働きをし過ぎでクラクラするし、何だか身体が宙にでも浮いているように妙に軽く感じられ、足元までフワフワしている気がした。
思えば女子とは事務的な会話しかしたことのない俺が、いきなりヒラヒラドレスの美貌の姫と手と手を取り合いおしゃべりするなど、思春期男子の精神的許容量を余裕でオーバーしている。
「あら……。これは失礼致しましたわ」
フローラは俺の焦りや思春期的困惑になどまるで気づいていない様子で、ぱっと手を離し謝罪する。
だが、その距離は依然として近い。肩と肩が触れそうな距離で、甘やかながら凛と爽やかなその香りも相変わらず俺の鼻をくすぐり続けていた。
「……つーか、いいのか?一国の王女様が今日会ったばかりの男とこの距離感って……。姫様ってフツーもっとこう、騎士とかにガッチリ守られて一般人は近づけない――とかじゃないのか?」
照れ隠しならぬ動揺隠しにそんなことを口にしてみる。すると途端にフローラの美麗な眉毛がくもった。
「騎士ならあちらにおりますが……あの通り、私とは常に一定の距離を保って、それ以上には決して近づいて来ないのです。侍女たちも必要以上に私に近づこうとはしませんし、私と親しく交わってくれるのは、家族や他国の王家の――特に私と同じ立場にいる姫だけなのですわ。……ですから、普通の距離感というものが、私には分からないのかも知れません」
寂しそうに微笑んでフローラが指し示す先には、確かに腰に剣をぶら下げ、そろいの服に身を包んだ、いかにも「騎士!」という感じの男たちが数人、こちらへ目を光らせていた。
「フローラと
気になって訊いてみると、フローラは首元のチョーカーについた飾りをそっと指でなぞる。
雪の結晶モチーフの中央に複雑にカットされた宝石がはまったデザインだ。宝石はパッと見、透明なようでいて、光の加減によりその輝きを虹の七色に変化させる。
どこかで見たことのある宝石だな、と思って、すぐに思い出した。それは、あの赤ずきん風王女リィサが持っていた鍵の形のペンダントにはまっていたのと同じものだ。
「これは、この世界に八つだけ存在する“聖玉”と呼ばれる聖なる石のうちのひとつ。この世界の“理”――その中でも特に時間と空間に干渉する力を持つ“界聖玉”と呼ばれる宝石です。八つの聖玉は八つの国によって管理され、それぞれの国に聖玉の番人たる乙女が存在します。その乙女は“聖玉姫”と呼ばれ、役目を終えるその日まで“聖玉宮”で聖玉を守り続けなければならないのですわ」