言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第2話(イマココ)
「時間と空間に干渉……?じゃあ、もしかして、俺をこの世界に引きずり込……あ、いや、“召喚”したのも、その“聖玉”の力なのか?」
「ええ。聖玉姫の座に就けるのは、聖玉の力を引き出すことのできる者のみですから。……私の力は歴代の聖玉姫の中でもとりわけ強いそうですわ。けれど、そのせいで皆から恐れられてしまっているのです。でも、恐がられて当然ですわよね。世界の理さえねじ曲げてしまえる女なんて……」
フローラは自嘲するようにくすり、と小さく笑った。
「え?いや、フツーにスゴくね?だって世界と世界をつなげて人間一人連れて来るなんてことを、史上初でやっちまったわけだろ?もっと自信持ったり、自慢したりしていいことだと思うけど?」
俺はこの時、彼女の事情を半分も理解していなかった。だから、単純に「俺を召喚した」という事実だけでそう言ったのだった。
しかしフローラは信じられないものを見るように、元々大きな目をさらに大きく瞠って俺を見た。
「こんなことを聞いても、恐れたり動じたりなさいませんのね。さすがは“勇者”様。この種の世界の機密に、あちらの世界でも関わっていらっしゃったのですか?」
ゲームやアニメやラノベの中で「セカイの存亡に関わる」ような壮大な設定に慣れ親しんできた俺にとって、フローラの話はとりたてて危機感を覚えるようなものでもなかった。しかし、そんな俺の“元の世界事情”などさっぱり知らないフローラは、俺のこの動じなさをまるで違う方向に解釈していたらしい。
だが、この時の俺はフローラの誤解をマズいと思うどころか、全く別のことに頭を囚われていた。
(……『勇者様』……。なんってイイ響きなんだ!まさかガチな姫様にそう呼ばれる日が来るとは……っ)
感動に言葉も出ない俺に、さすがのフローラもちょっと引いた様子で声をかけてくる。
「あの……アーデルハイド様……?」
「……っ、あ、ああっ。そうだな……。向こうの世界で俺は、世界征服を目論む悪の秘密結社と戦ったり、大国の裏に暗躍して世界戦争を巻き起こそうと企む悪の組織を倒したり、武力で国民を虐げる腐敗した軍部を粛清したり、遥かな昔に封じられた魔王の復活を阻止したり……まぁ、いろいろなことをやってきたな」
ヘンな間を作りたくない一心で、俺は元の世界のゲームの中で経験してきた武勇の数々をペラペラとしゃべりまくった。
(……まぁ、ウソではないよな。『ゲームの中で』ってのを省略してるだけで)
重大な事実を隠してわざと相手の誤解を誘うのは、もはやサギの一種という気がするが、この時の俺はまだ「ウソをついていなければセーフ」という心算でいたのだ。
フローラは俺の説明を疑いもせず、素直な称賛の眼差しを向けてくる。
「まあぁぁ……。アーデルハイド様は素晴らしく優秀な勇者様なのですね。……それにしても、あちらの世界は私たちが思っていたよりずっと物騒な世界のようですね。今度、その辺りのことを詳しくお聞かせ願えますか?」
(そ、そうだった……。俺、“地球研究のための生きた資料”なんだった……。やべー……。どう説明すればいいんだ?)
異世界に召喚されて一時間経つか経たないかのうちの致命的な会話選択ミスに、冷や汗が止まらない。
「アーデルハイド様?あの……私、何かいけないことを申しましたか?」
フローラはそう言って、まるで自分が失言したかのように落ち込んだ顔をする。その姿に罪悪感がハンパなく押し寄せてきた。
「いいい、いや……っ、そ、その……っ、ホラ、ココが異世界とは言えさ、トップ・シークレット的に話せないことが、あったり、なかったり……?立場上、いろいろと言えないこともある、みたいな……」
必死に絞り出したしどろもどろな言い訳に、だがフローラは心得たようにうなずいてくれた。
「“守秘義務”ですね。分かりますわ。異なる世界においても気を抜かず、秘密を守り通そうとするそのお心、ご立派ですわ。アーデルハイド様のお話しになれないことにはそれ以上触れませんので、ご安心ください。元々、私たちが知りたいのは、そちらの世界の現在の世界情勢ではなく、大まかな概要ですもの」
「そ、そう言ってもらえると、助かるよ」
しかし、今後どう言いつくろったところで、最初にうっかりしてしまった「俺、勇者」発言は最早どうにもならない。
それをどう誤魔化していこうかということに脳みその半分くらいを占領されて、俺はフローラがしてくれる界聖宮の各所の説明もほとんど頭に入らない状態だった。
ぼーっとしている間に界聖宮の“母屋”にあたる部分の案内は終わり、フローラは俺を回廊でつながった別の建物へと連れて行こうとする。が、その直前で一人の女に呼び止められた。
その女は、廊下を全力疾走してきたかのように真っ赤な顔で息を切らしていた。
「お待ちください……っ、聖玉姫猊下」
「……何用ですか?私は今、大事なお客様をご案内中です。火急の用以外は後にしてください」
フローラはいかにも“気高い王女様”といった感じの毅然とした態度で女を退けようとする。だが……
「それが、その……女王陛下のお召しでして……。先ほど感知された時空間の揺らぎについてお話を伺いたいとのことで……」
「お母……女王陛下が……!?」
フローラの顔色が目に見えて変わる。
「……アーデルハイド様。申し訳ありませんが、私、少々ここを離れねばなりません。1〜2時間で戻って来られると思いますのが……。それまで別の者に案内を任せてもよろしいでしょうか?」
「え?あ、ああ。いいけど……」
フローラの明らかに動揺しまくった様子に、俺は反射的にうなずくしかなかった。
「それでは失礼致します。何かありましたら私に連絡するよう、界聖宮の者に仰ってくださいね」
そう言うなりフローラは一瞬にしてその場から消えた。地球で言うところの瞬間移動というヤツだ。
その場に残された俺はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてある重大な問題に気づき、思わず声を漏らしていた。
「え……『他の者に案内を任せる』って……誰に?」
とりあえずフローラを呼び止めた女に視線を向けてみるが、彼女は困惑の表情で目を逸らす。
(……だよなー。『案内を任せる』とか言いながら、誰にも何も言わずに行っちゃったもんなー……)
後々分かっていくことだが、フローラは何かと段取りが下手だ。……と言うより、一国のお姫様・兼・聖玉姫という立場のせいで自分で段取りをしたことがほとんど無いがゆえのグダグダさと言うべきか……。
とにかく、こうして俺は異世界1日目でほとんどワケも分からないまま放置されるという憂き目に遭ってしまったわけだが……
「界聖宮内の案内でしたら我々が致しましょうか」
そう言ってくれた人たちがいた。ついさっきまで数メートル離れた場所から鋭い目でこちらを睨んでいた騎士の男二人組だった。
(ええぇー!?このコワモテな兄ちゃん達かよっ!?それだったらまだ、こっちのお姉さんの方が……)
救いを求めるように女の方を見るが、彼女は「なら安心ですね。どうぞごゆっくりご覧になっていってください」と言って、そそくさと去っていってしまった。
なので俺は「あ、じゃあ、よろしくお願いしまーす……」と騎士二人に頭を下げる以外に選択肢がなくなってしまった。