言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第2話(イマココ)
「申し訳ありません。近くで見られると、やはり私だと分かってしまうようですね……」
フローラはしゅんと項垂れ、溜め息をつく。
「いやー……それだけでも、ないような……」
俺は周囲を見渡し、言葉を濁す。
人形売りからはだいぶ距離をとったのだが、フローラはそれでも周りからチラチラ注目され、ヒソヒソ何か言われている。
「こんな天気の良い日に、あんなマントを羽織って、わざと顔を隠すようにフードまでかぶって。あれ、絶対フローラ姫様だわ」
「ご本人は変装なさっていても、後ろをついてくる騎士様たちはいつも通りですものね。あれでお忍びのおつもりなのかしら?」
道端の女たちの身ぶり手ぶりから察するに、たぶんこんなことを言われていたのだと思う。
(……うん。まぁ、明らかに浮いてるしなー。フード付きマントで変装してても、その下からドレスがチラ見えしてるし。あからさまにSP的なの付いてるしな……)
俺は何とも言えない顔でフローラと、その後ろ数メートルの距離の騎士二人組を見比べた。
「うわぁ!あれがフローラ様なの!?この国のたった一人のお姫様なんでしょう!?もっと近くで見たい!」
こちらの世界でも幼い子どもは空気が読めないものらしい。
大人たちがヒソヒソ声を保っているのに、子どもは平気で丸聞こえなボリュームではしゃぎまくる。
「近くになど、とんでもない!あの方は我々がおいそれと近づいて良いような方ではないんだ!」
子につられたのか、親らしき男も叱る声のボリュームが大きくなっていた。
さすがにフローラも気づき、苦笑する。
「……また、正体を悟られてしまいましたわ。……それにしても寂しいものですわ。国民の皆さんも、幼いうちはあのように無邪気に“姫”に憧れてくださいますのに、大人になるとまるでハレモノに触れるかのようになってしまって……」
だがそんなフローラのしんみりムードは例の空気を読まない子どもの発言により見事に吹き飛ばされる。
「えー?でも、あのお兄ちゃんはフローラ様の隣を歩いてるよぉ?」
「あれは…………きっと、アレだ!あの人はああ見えてスゴい勇者なんだよ!」
「えー?そうは見えないけどなぁ……」
「人は見かけによらないんだよ!ホラ見ろ!あのフローラ姫様のお近くを堂々と歩いていらっしゃる!あれが勇者でなくて何だと言うんだ!」
(……ん?何かおかしくね?何で見ず知らずの街の皆さんにまで勇者扱いされてるんだ、俺)
さすがに俺も不審な何かを感じ始めていた。だが、まだほぼノーヒントのこの時点で真相を把握できるとしたら、それは超天才かエスパーくらいなものだ。
困惑している間にも親子の言い争いは続き、もはやお忍びの意味もないほどフローラの正体は周りにバレバレになってしまっていた。
さすがに気まずくて立ち去ろうとしたその時、道端に座り込んでいた男がふいにギラついた目でこちらを睨んできた。
「フローラ……?フローラ姫……だとぉ……!?」
その声は明らかに呂律が回っていない。
ふらついているし、瞳も異常なほど小刻みに震えているし、どう見てもまともな状態ではなかった。
「貴様のせいで……っ!俺の組織はメチャクチャに……っ!」
男は俺たちに歩み寄り、行く手を阻むように前に立ちはだかった。
「……あの……どちら様でしょうか?仰っていることがよく分かりませんわ」
フローラが律儀に受け答えしようとする。
「ばか!明らかに酔ってるかナニかだろうが!下手に相手したら絡まれるぞ!」
俺はフローラを庇うように若干前に出る。男は顔つきはいかにもヤバかったが、足元も覚束ない様子だったので、この時点ではそうそう危険はないものと思っていた……のだが……