言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第2話(イマココ)
「貴様、俺のことが分からないのか!?貴様が街に来たせいで、俺は何もかも失っちまったんだ!しかも俺の可愛い手下どもを散々追いかけ回しやがって……!おまけに……あんなヒデェことまで……。アイツら、どんなに恐ろしかったことか……。それを、覚えていないだと……!?」
男の話に何かピンと来るものがあったのか、フローラがハッと表情を変える。
「……もしかして、あの時の組織の……」
「ん?フローラ、あの男のこと知ってんのか?」
「……直接は存じませんわ。ですが以前、年に一度の街中視察を行った際、観光客相手に詐欺や窃盗を働く犯罪グループの一味を偶然発見いたしまして……追いかけるうちにその組織のアジトを発見したものですから、騎士達を集めて突入してもらいまして、一斉検挙してもらったのですわ。ですが、そのグループをまとめ上げていた元締めだけは取り逃がしてしまいまして……」
「え!?じゃあアレ、犯罪組織の元ボス?ってか、完全に逆ギレじゃん。つーか、姫様が街の視察でそんな大捕り物やってたんかよ!?危なくね!?」
ツッコミどころが多過ぎて、と言うか、フローラの可憐な姿と刑事ドラマばりの大捕り物とのイメージが合わな過ぎて、頭の中が既にプチ・パニック状態だった。
「危ないのはアーデルハイド様ですわ!ここは私に任せて早くお逃げになってください!」
フローラがチョーカーの聖玉に指を触れながら俺の前へ出ようとする。
「……そうか。ヤる気か……。俺のこともアイツらと同じにする気だな!?ヤれるもんならヤってみろ!俺はそう簡単に廃人になったりしないぞ!」
男は高笑いをしながら懐からダガーを取り出し、ヒュンヒュンと振ってみせる。足がふらついていても身に染みついたナイフさばきは健在のようだった。
「……武器を捨てなさい。さもなければ、正当防衛として聖玉の力を使うことになりますわよ」
フローラが毅然と男に言い放つ。だがパニック状態でアワアワした俺はその対決ムードをぶち壊し、本能のままフローラの手を引っつかんで逃げ出していた。
嫌がり振り切ろうとするフローラの手をムリヤリ引っ張っているわりに、なぜか自己ベスト以上の走りができている気がしたが、その理由を深く考える暇などなかった。
「アーデルハイド様……っ!いけませんわ!止まってください!」
「ばか!何で姫様が悪のボスと戦おうとしてるんだよ!騎士達に任せとけ!」
「それで騎士達がケガでもしたらどうしますの!?騎士達より私の方が“力”を持っていますのに……!」
後々分かっていくことだが、フローラは自分が国の最重要人物であるという自覚が薄い。いざという時“守ってもらう”のではなく、逆に自分が国や民を“守ろう”と意気込んでしまうのだ。
心がけとしては実に立派なのだが……正直、守られるべき姫様が自ら危険に飛び込んでいくことなど誰一人望んではいない。
むしろ『聖玉宮の奥深くで騎士達に守られるだけの姫であればどれほど良かったか』と思われているのだが、そのことをフローラは知らないのだ。
「お待ちください……っ、アーデル……ハイド様……っ。今、何か声が……っ!」
息を切らしながらフローラが訴える。確かに後方から子どもの悲鳴のようなものが聞こえた気がして、俺は思わず足を止めていた。
道の奥の方からは人々がパニックになりながら続々と逃げて来る。
「あっちで刃物を持った男が暴れてるぞー!」
「聖宮騎士様が応戦してるが、子どもを人質に取られて……」
「こっちへ来るぞ!逃げろ!」
逃走中の人々の会話で、何がどうなっているかは大体つかめた。フローラはすぐに引き返そうとする。だが俺はそれを必死に止めた。
「手をお離しください、アーデルハイド様!子どもが人質に取られているなら、行って助けなければ!」
「どうやって助けるって言うんだ!?とりあえず逃げよう!聖玉宮には他にも騎士がいるんだろ!?」
この発言は深い考えがあってのものではなかった。ただ現代日本人の『犯罪は警察へ』という感覚から『その道のプロに対処を任せればいい』と、ぼんやり思っていたのだ。
「さすがは勇者!的確な状況判断だ!ひとまず猊下を危険から遠ざけることを最優先で頼む!界聖宮の騎士達は、騒ぎに気づいて向こうから応援に来てくれるはずだ!」
聞き覚えのある声に振り向くと、騎士その1が抜き身のサーベルを手に駆け寄ってきていた。
「あんた、無事だったのか!もう一人は応戦中なのか?」
「ああ。だが人質を取られてるもんで、手出しできなくてな……」
騎士その1の話を聞いている間にも俺は、隙あらば手を振りほどいて駆け戻っていきそうなフローラを掴まえておくのに必死だった。
(ちょ……っ、暴れるなって……!悪のボスとバトルなんかされたら、俺、どうにもできんから!助けられんから、マジやめて!)
だがその時、フローラをさらに煽るような“声”が背後から聞こえてきた。
「フローラ姫ぇ……逃がさんぞ……。ここで会えたのは運命……!貴様は俺の復讐の刃によって倒される運命なのだ!さぁ戦え!さもないと何の罪も無い子どもが死ぬことになるぞぉ!」
男はやけに芝居がかった口調で、しかも妙にテンションが高い。まるで酒のせいで気が大きくなった酔っ払いのようだ。
「“運命”だなどと戯言を……。そんなモノあるわけがないだろうが」
騎士その1が小声で毒づく。俺はその言葉に心の中で同意しながら、この時実はこの台詞の本当の意味をまるで理解してはいなかった。