言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第2話(イマココ)
門前街には人が溢れていた。
それも住民だけではなく、明らかに旅行者らしき大荷物を背負った人間も大勢いる。
「この世界では各地の聖玉宮を巡る旅が流行っていますの。ですから門前街はいつでも観光客と、観光客目当ての商人達でにぎわっていますの」
界聖宮の周囲は石畳の広大な広場になっていて、そこでは土産物らしき品を売る屋台やワゴン、見世物をする大道芸人などが多くの人を集めていた。
だが俺はそれらの光景より先に、あることに心を囚われていた。
(この国の人間って、平均身長高めだよな。だから『ちっこいのに見た目によらん』だったわけか。……べつに俺がチビってことじゃないよな!)
さっきの騎士の発言を、実は滅茶苦茶気にしまくっていた俺は、そうやって自分をそっと慰めるのに必死だった。
広場では上半身を剥き出しにして筋肉アピールした大道芸人の男が、巨大なランスを道行く人々に次々と持たせている。
だが、見るからに細身のこの国の一般市民たちは、誰一人まともに持つことができない。
大道芸人はそうしてランスの重さを観衆にたっぷり見せつけてから、それを軽々と頭上で回してみせるのだ。
(そんな重いもんかなぁ?アレ。この国の人、マジで一秒も持ててねぇじゃん。……まさか、この国の食い物、筋肉作るための栄養が全っ然含まれてないとかじゃないよな?いや、異世界だとそういう可能性もあったりすんのか……?)
これからの異世界生活にほんのり不安を覚えた俺だったが、そんなほんのり薄い不安は、隣の美姫のはしゃいだ笑顔によってすぐに吹き飛ばされてしまう。
「ご覧くださいな、アーデルハイド様!あちらの屋台では焼き菓子を、こちらのワゴンでは私に似せた陶器のお人形を売っているようですわ。少し覗いてみませんか?」
「へ?フローラに似せた人形……?」
「ええ。聖玉姫をモチーフにしたお人形や飾り物は、どこの門前街でも人気のお土産物ですの」
「へー……。フローラをモデルにした人形か……」
だったら俺も欲しいかな……などとワゴンを覗いてみて、すぐに俺はその考えを改めた。
その人形は、フローラの華奢な身体つきとは似ても似つかない“ずんぐりむっくりスタイル”な上、顔も『特徴さえ出てればいいや』という感じのビミョウすぎる出来だったからだ。
(つーか、フローラの超絶美麗眉毛が少っしも活かされてねーじゃん!そこだけはきっちり押さえとけよな!)
心の中で毒づいてフローラを振り返ると、フローラは変装用のフードの下でホンワカした笑みを浮かべていた。
「うふふ。なかなか愛らしいお人形でしょう?お人形とは言え、“私”がこうして多くの人々の手に渡り、愛でられているというのは感慨深いものですわ。……本当の私は、皆から敬遠されるばかりですもの」
その人形が『可愛い』というのにどうしても同意できず、何と言うべきか迷っていると、ワゴンの持ち主らしき行商人が明るく声をかけてきた。
「どうぞ!お手に取ってご覧ください!我が国の誇る界聖玉姫フローラ姫様の御姿人形ですよ……って、えぇっ!? あ、あんた……いや、貴女様は……ま、まさか……!」
セールス・トークの最中にフローラの正体に気づいてしまったらしい商人は、見る間に顔面を蒼白にし、そのまま土下座しかけたかと思えば、次の瞬間にはワゴンの取っ手をつかんで逃げかけたりと、明らかに恐慌状態に陥っていた。
「落ち着いてくださいな。私は何も咎めるつもりはありませんわ。それに、今はお忍びですから……」
フローラの言葉に商人のパニック状態は一旦沈静化したものの、その目は明らかにフローラを恐れたままだった。
フローラは困ったように微笑み「お騒がせして申し訳ありませんでした」と言い残してその場を離れた。