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 言ノ葉ノ森TOPINDEX(もくじ)シンプルINDEX>第1話(イマココ)

第1話:異世界の美姫が手招きする・前編

   これは、俺のリアル中二時代の物語。
 
 “彼女”と、そして、彼女の住む“彼の世界”との邂逅の物語だ。
 それは何の前触れもなく突然に、俺の日常を歪ませて現れた。

☆☆☆

「やっぱさー、女も男も結局は“眉毛”だと思うわけさ。眉毛、超重要だぞ。マジで」
 
 なんの変わり映えもない、中学二年の春の、いつもの学校からの帰り道。
 俺は折に触れては力説している“顔のパーツにおける眉の重要性”について、この時も熱く語っていた。
 
「何でだよ。百歩譲って“まつ毛”ならアリでも“眉毛”は100%ナイわ」
「そっちこそ何でだよ。眉毛一つで顔の印象ガラッと変わるぜ。今は男子でも眉の手入れに気を使う時代だって知んねーのかよ?」
「いや、知んねーし。つーか、お前のそのニッチにもほどがある萌えツボだけはどうしても理解できんわ」
「いやいや、萌えてはいねーよ!?俺はただ、注目すべきポイントとしてだな……」
「あ、そだ。俺、今日、本屋寄ってくんだった。欲しかった仏像写真集が入荷すんだわ。じゃ、また明日なっ」
 
 人の好みを一方的に否定しておきながら、俺の数年来の友人・新 朝翔はさっさと曲がり角の向こうへ消えてしまった。
 
「……って、おいコラ、新っ!お前のシュミだって充分ニッチじゃねーかよっ!」
 
 怒鳴ったところで返事が来るわけでもなく、俺は舌打ちしながら視線を元に戻した…………ところで、異変に気づいた。
 
「………………っ?……???」
 
 それは、自分の目がおかしくなったのかと疑うような光景だった。
 
 まるで“周囲の景色を360度プリントした布”を、“肉まんの上部にある模様”のように真ん中からつまんでひねって絞ったような光景、とでも言ったら良いのか……ある一点を中心に、空間が歪んでいた。
 そしてその歪みの中心からは、明らかに人間の手と思しきモノが突き出していた。
 
 華奢な印象の手指のソレは、まるで手招きでもしているかのように、ひらひらと上下していた。
 
(え……これって、もしかして俺を呼んでんのか……?)
 
 一見ホラーな状況にも関わらず、好奇心の方が勝ってしまい、俺はおそるおそるその“手”に近づいていった。
 歪んだ足場によろめきながら、やっとその“手”にたどり着き、指先にそっと触れた途端、“手”は見た目の印象からは想像だにしなかった素早さと力強さで俺の手を引っつかんできた。
 
「ひ…………ッ!」
 
 思わず悲鳴を上げて足を踏ん張ろうとするが、歪んだ空間では思うように踏ん張れない。俺はそのまま歪みの中心に無理矢理引きずり込まれた。
 
 そこから先は、ちょっとした阿鼻叫喚の世界だった。
 何も見えない闇の中、自分の身体が得体の知れない力により引っ張られ、あり得ないほどタテ長に細く引き伸ばされ、狭い管の中を強引に通らされているような感覚だった。
 
 ほんの数分だったのか、それとも数十時間だったのか、時間の感覚も失われた謎の暗黒空間は、唐突に終わりを告げた。
 
 狭い穴から“すぽん”と引っ張り出されるように、俺はその世界へ引っ張り出された。
 暗闇から光の中へ急に戻された俺の目が、その世界で最初に認識したものは……
 
「ま……眉毛……?眉毛、なのか!?何だ、この超絶美麗な眉毛はっ!?」
 
 思わず出てしまった声に反応したのか、目の前でその美麗眉毛がぴくり、と動く。
 眉毛からその下にある瞳へ、さらにその下にある唇や首や胴体へと視線を移していった時、俺はとある事実に気づき、愕然とした。
 
(俺……女子と手ぇつないでるじゃん!)
 
 まるでフォークダンスを踊っている途中で時間を止めたかのように、俺は女子と向かい合い、片手と片手を握り合ってその場に立っていた。しかも相手はただの女子ではない。
 
(……姫じゃん。これ、どう見ても姫様じゃん。それもかなりの美少女じゃん……)
 
 おとぎ話の白雪姫を彷彿とさせるその美姫は、こちらをじっと見つめて何度か瞬きした後、俺の手をぱっと離し、興奮した顔で隣にいた背の高い男と手を叩き合った。はしゃいだ声で何か言っているが、その言葉は今までに聞いたことのない言語で、俺には彼女が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。
 
(……うん。これは、アレだな。『やりましたわ!異世界からの勇者召喚に成功しましたわ!』みたいな感じだろ。参ったな。まさかマジでこんな日が来るとは……)
 
 これまでの人生において何度か夢想してみないではなかったシチュエーションそのままの事態に、俺は現状をあっさり受け入れ、にんまりしながら辺りを見渡してみた。
 
 俺の“召喚”された場所は、大きな宮殿か神殿の中庭のような場所だった。
 
 目の前にはこの世界の人間と思しき人物が二人。一人は、布地をたっぷり使ったふんわりシルエットのドレスに、頭と腰には真紅のリボン、首元には虹色の宝石と金細工のチョーカーという姿の白雪姫風美少女。もう一人は、古代ローマ人の服装のようなゆったりした衣服に金糸の刺繍がたくさん施された、いかにも“大神官”といった姿の若い男だった。
 
 二人は俺を無視してひとしきりはしゃぎ合った後、思い出したようにこちらに向き直り、何かを話し出した。おそらく俺とコミュニケーションをとろうとしていたのだろうが、ジェスチャーらしきものを交えて必死に話しかけられても、俺の目には何か不思議な踊りでも踊っているようにしか見えなかった。
 
「いや、あのー……さっぱ分かんないんスけど……。何であらかじめ、言葉が通じる魔法みたいなのとか、用意しておかないんスか?」
 
 俺の言葉に、段取りの悪い二人は「やっぱりこれではダメだ」とようやく気づいたのか、顔を見合わせ、深刻そうに何事か相談し始める。やがて何らかの結論に達したのか、例の美姫が隣の男に向かって大きくうなずいた……と思ったら、一瞬にしてその場から消滅した。
 
「……は!?……えっ、ちょ……っ、消えたけどっ!?」
 
 思わずその場に残された男へ向けて叫ぶ。言葉は通じなくてもニュアンスは伝わったのか、男は「まぁ落ち着けや」とでも言うように笑って手をヒラヒラさせた。
 
 コミュニケーション不可能な相手とふたりきりで残されること数分、消えた時と同じように唐突に、例の美姫が出現した。それもただ現れただけではなく、もう一人増えている。美姫に手を引かれ共に出現したのは、赤ずきん風のえんじ色フードの下から長い茶髪の三つ編みをのぞかせた、魔法使いか何かでもやっていそうな雰囲気の少女だった。
 
 少女は例の美姫と一言二言しゃべった後、俺の方へ向かってきた。そしておもむろに首にかけていたペンダントを外し、その飾りの先端を俺の額に当てる。
 
 鍵をモチーフにしたような金の透かし彫りに虹色の宝石がはまったそのペンダントが俺の皮膚に触れた瞬間、全身を電流のようなしびれと焼けるような熱さが駆けめぐった。
 
「は……!?何でいきなり攻撃してくるんだよ……っ!」
 
 てっきり攻撃魔法か何かでも喰らわされたのかと思い、俺は抗議の声を上げた。
 
「失礼しちゃいますぅ。せっかくぅ、言葉が通じるようにしてあげましたのにぃ」
 
 目の前の少女は怒っているわりには妙に間延びした口調でそう言い返してきた。
 
「え……アレ……?本当だ。言葉、分かってる……」
「まぁ、私もぉ、異世界人の生体情報を操作したのはぁ、初めてでしたのでぇ、結果的に少〜し乱暴になってしまたかもぉ、知れませんがぁ……」
 
 少女はひどくのんびりした口調でさらりと不穏なことを言い放つ。
 
「は!?あんた、俺に一体何したんだ!?」
 
「……それにしてもぉ……異世界人と言っても、見た目は私たちとそれほど変わらないのですねぇ……。興味深いですぅ……。まったく、こんな面白そうなことを私抜きでやるなんて、ひどいですぅ」
 
 少女は俺の疑問をあっさり無視し勝手に言いたいことを言うと、俺との会話は終了したとばかりに例の美姫を振り返った。
 
「ごめんなさい、リィサ姫。こちらにもいろいろと事情がありましたの。今回のお礼は後ほど必ずさせていただきますわ。それと、この件は当面の間はご内密にお願いします」
 
 例の美姫が恐縮したように頭を下げる。そのセリフに俺は思わず驚愕の声を上げていた。
 
「は!?姫!?あんたが!?そっちの美少女の方じゃなくて!?」
「え……っ、そ、そんな……美少女だなんて……っ、いきなり何を仰るんですの……っ!」
 
 驚きのあまりダダ漏れになった俺の本音に、例の美姫が顔を真っ赤に染めて恥じらう。自分が何を発言してしまったのかに気づき、俺もかーっと顔に血が昇ってくるのを感じた。
 
「えぇ。私は姫ですしぃ、そちらの“美少女”さんも姫ですよぉ。ただ、国は違いますけどねぇ。私は隣国リーストの姫、リィサ・ロッテ・リーストと申しますぅ。姫らしい格好をしていないのはぁ、国家予算の節約のためと、ドレスだと研究に不向きだからなのですぅ」
 
 少女、もといリィサ姫が相変わらずのマイペースで説明してくる。
 
「あ、あぁ、そっか……どっちも姫なのか……なるほどな」
 
 俺はさっきの失言を何とか無かったことにしようと、誤魔化すように大きめの声でそう言って何度もうなずく。
 
「あのぉ、用も済んだようですし、私はこれで失礼してもぉ、よろしいでしょうかぁ?さっきついでに“記録”した彼のデータを詳しく解析していきたいのでぇ……」
「ええ。ご協力感謝いたしますわ、リィサ姫。帰りはまた私の瞬間移動でお送りします」
「いいえぇ、それは丁重にお断りさせていただきますぅ。貴女の空間操作は心臓に悪いのでぇ、緊急時以外は利用したくないのですぅ。と言うよりぃ、今後また今のような不都合があった際にぃ、再度呼び出されることを考えますとぉ、しばらくはここにいた方が良いと思うのですぅ。界聖宮のお部屋を一部屋貸していただきたいのですぅ」
「『心臓に悪い』……ですか……」
 
 リィサ姫の言葉にショックを受けたように、例の美姫が美しい眉毛を八の字に曲げる。
 
「では、お部屋の手配は私がいたしましょう。リィサ姫様、どうぞこちらへ。君は、彼に事情説明を」
 
 美姫の隣にいた男が、笑いをこらえているような表情でリィサ姫に歩み寄っていく。
 
「分かりましたわ、叔父様」
(……あの人、姫様の叔父さんだったのか)

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このページは津籠睦月によるオンライン小説「ブラックホール・プリンセス」のシンプル・レイアウト版第1話前編です。
用語解説フレーム付きバージョンはもっと先までストーリーが進んでいますが、
シンプル・レイアウト版は後から制作しているため、ストーリーが遅れています。
 
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