言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第2話(イマココ)
“お姫様”から一転、“騎士”二人にガッチリ両脇を固められて界聖宮内を回ることになった俺だったが、騎士たちは近くで話してみると、意外とにこやかで気さくな人たちだった。
「……と言うわけで、立身出世を夢見て上京し、何とか聖宮騎士団に入れた、というわけさ」
いつの間にか敬語も取れ、俺は二人の身の上話まで聞くようになっていた。
俺はゲームのストーリーでも聞くような感覚で二人の話を聞いていたのだが……
「……で、お前さんは?その軍服、見たことがないが、どこの所属なんだ?しかも聖玉姫猊下が御自ら召喚し、そばに置かれるとは……タダ者ではあるまい?」
俺の着ていたツメエリの制服を指差してそんなことを問われ、正直焦りまくった。
(うーん……。異世界人だって言うのはマズい気ぃすんだよな……。フローラがあの赤ずきん姫に口止めしてた気がするし……。つか、この人たちには学生服が軍服に見えんのかよ?……まぁ、この人たちの服に似てるっちゃ似てるけどさ……)
俺が何も答えられずにアワアワしていると、もう一人の男がとんでもないことを言い出した。
「……と言うか、俺、耳が良いもんで聞こえちゃったんだよなー。『勇者様』だとか『秘密』だとか『暗躍』だとか『腐敗』だとか『粛清』だとか……。所々しか分からなかったけど、まとめるとアレだろ?つまりアンタは国家機関のどこかに腐敗がないか秘密裏に調べて、それを粛清しようと陰で活躍する勇者ってことだろ?」
『俺、一を聞いて十を知る男なもんで』とでも言いたげな騎士その1のせいで、またしてもエラく厄介な勘違いが生まれてしまった。
だがさすがにこの時は、俺もあわてて訂正しようとしたのだが……
「ほー。そんな若くてちっこいのに、人は見た目によらんなぁ。……と言うか、ひょっとしてお前さん、俺らより階級が上だったりするのか?敬語を使わなくちゃいけない立場だったりして……」
ちょっと間に合わず、先にもう一人の騎士に口を開かれてしまった。
「いやいや、そんなことないし!敬語なんていいから!俺、ただのフローラの客だから!」
俺的には『そんな大層な人間じゃないっスよ!一般人っスよ!』と必死にアピールしたつもりだったこの言葉は、だが逆にさらなる誤解を生むことになる。
「……聖玉姫猊下を……呼び捨てに!?しかもその口振り……、もしやお前さん、公的なお客人ではなく、猊下のプライベートなお客様ということなのか!?」
「それって、つまり、そういうことかよっ!?……そう言えば猊下のあんな楽しそうなお顔、久々に見たな……。そうか。猊下もついに花ムコ探しに本腰を入れるおつもりなんだな?」
「は、は、花ムコって……!?もうそんなの探してんのかよ!?早くね!?」
俺はいろいろな意味でショックを受けて、思わずそう叫んでいた。
「猊下はもうすぐ十五歳になられるからなぁ。早過ぎるということはないだろう」
「そうそう。それに猊下の花ムコ選びともなると、かなり難航するだろうから、早く始めておくに越したことはないだろうし」
騎士たちはさも当たり前のようにあっさりそう言う。
「……そっか。こっちって結婚早いんだな……って言うか『難航』って何でだ?聖玉姫の結婚って、そんなに難しいものなのか?」
あれだけの美少女で“姫”なら、どんな男もよりどりもどりだろうに、という俺の素朴な疑問に、騎士たちは顔を見合わせ、何とも言えない表情になった。
「いや……まぁ、聖玉姫がどうこう以前に……なぁ」
「あの方と生涯添い遂げる覚悟なんて、相当な“勇者”でもなけりゃできないだろうから……なぁ……」
騎士たちのこの異様なまでの歯切れの悪さの理由を、この時の俺はまだ知らない。
……まぁ、わりとすぐに知ることにはなるのだが。
「あら?私がどうかしまして?」
話の種にしていた当の本人にいきなり背後から声をかけられ、俺たちは全員一瞬肩をビクッとさせて振り向く。
「せ……聖玉姫猊下……っ!も、もうお戻りになられたのですね……っ」
騎士たちは俺と話している時とは打って変わってビクビク怯えていた。
「ええ。案内ご苦労様でした。後は私が致しますので、通常勤務に戻ってくださいな」
騎士二人はフローラの言葉に声をそろえて返事すると、逃げるように例の定位置に戻る。
俺はただただ呆然とその様子を見ていた。
フローラは溜め息をひとつついてから俺に向き直る。
「お待たせいたしました、アーデルハイド様。界聖宮内でまだご覧になっていない所はありますか?」
「……いや。もう一通り案内してもらったけど」
「では今度は門前街をご案内致しましょう。こことは違って活気があって賑やかですのよ」
そう言って微笑むフローラは、かなりの疲労を負っているように見えた。
「あ、ああ。……って言うか、大丈夫か?大分疲れてるんじゃないのか?俺のことは後回しにして休んでいいんだぞ?」
見るからに消耗している女の子をそのまま歩き回らせるのはどうかと思ったので、俺はごくごく当たり前にそう言った。
だがフローラはまたしても大きな瞳を見開いて俺を見、それから心の底から幸せそうな極上の微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。アーデルハイド様はとてもお優しいのですね。私なら大丈夫ですわ。むしろ今は外の空気を吸いたい気分ですの。アーデルハイド様にご一緒いただけるなら、私としても本望ですわ」
ただでさえ美麗な姫の天使のような微笑に、美少女免疫の無い俺は一瞬完全にフリーズした。呪いにも似た硬直状態を何秒か経て、ようやく俺はぎこちなく頷く。
「あ、ああ。じゃ、じゃあ、行こうか」
今でも思うのだが、美少女の笑顔というものには、ある種の破壊力が備わっている気がする。
それは人間の思考力の何%かを綺麗さっぱり破壊してボンヤリさせる力だ。
実際この笑顔を目の当たりにした俺は、気がかりなアレコレを全てキレイに忘れ去り、これから始まるフローラとの街中デート(?)のことしか頭になくなってしまったのだった……。