言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第3話(イマココ)
「……ハイドさん。アーデルハイド・コータロー・タカハシさん。起きてくださぁい」
聞き覚えのある声。
そして、全く覚えのないヌメヌメの感触に顔をなめられ、俺は飛び起きた。
「うぁっ!?えっ……と?俺、一体何がどうなって……?」
「非常にぃマズそうなぁ状況にぃ見えましたのでぇ、グレイスにお願いしてぇ、あなたを回収させてぇいただきましたぁ」
気絶状態から回復したばかりの人間に対して甚だ不親切な説明をしてきたのは、例の赤ずきん姫ことリィサ・ロッテ・リーストだった。
そしてその背後には……
「な、な、何なんだっ!?そのバケモノはっ!?」
「失礼しちゃいますぅ。このコがぁあなたを窮地から救ってくれたぁ、ウチの優秀なキメラのぉ、グレイスですぅ」
リィサが、まるで大型犬でも愛でるようにナデナデしていたのは、熊ほどの大きさをした真っ黒い毛むくじゃらのナニかだった。
鋭い爪のついた獣の前肢と、阿修羅像のように3つの顔を生やした犬……というだけなら「ケルベロス的な生物」で済むのだが、その背には翼が生え、後肢は巨大な鳥の脚、3つある口からはタコ足のように枝分かれした舌が妖しく蠢いていた。
しかも、その舌先のいくつかには、目玉のような物体が埋め込まれていて、時々ギョロリとこちらを睨む。
「キメラって……確かもう、創るの禁止されてるんじゃ……」
「よくぅご存知ですねぇ。ですからこのコはぁ、聖玉姫協定がぁ結ばれる以前に生まれたキメラでぇ、代々ウチの地下でぇ大切に飼育されているのですぅ」
(――なるほど、100歳超えの長生きキメラなら、今もフツーに生存してるのか……。つーか、さっき俺の足首つかんだり、顔ナメたりしてきたのって、まさかコイツの舌なんじゃ……)
「ところでぇ……無事人間に戻れたようですがぁ……ローズピンクのフリフリガウン一枚とはぁ……コメントに困るお姿ですねぇぇ……」
「し、仕方ないだろっ!服調達するの自体ギリギリだったんだぞ!」
「それにしてもぉ……猫さんの姿でぇフローラ王女の身の回りを探るようにぃお願いしましたのにぃ、どうして人間の姿に戻ってあんなことにぃ?」
「う……っ、これは、いろいろアクシデントがあってだな……って言うか、そうだ!俺、見つけたぜ!アヤシイ奴!ここの女官の一人に、たぶんヨソの国の女スパイが紛れ込んでる!」
“仕事はちゃんとしてましたアピール”にそう叫ぶと、リィサは元から大きな目をさらに大きく見開いて俺を見た。
「それはそれはぁ……なかなかグッジョブですねぇぇ……」
「だろ!?早くあの女捕まえて、何を企んでるか訊き出さないと!」
「……で、その女スパイはぁ、何という名のぉ女官に化けているのですか?」
当たり前のように詳細を問われ、俺はそのままフリーズした。
「え…………知らない」
「フルネームでなくてもぉ、愛称などでも良いのですけどぉ。あと、他の女官とぉ区別のできる特徴とかぁ……」
「えっと…………そうだ、確か金髪に青い目で、髪は何かこう、後ろでひとつに束ねてて……」
「あのぉ……金髪碧眼はぁ、この辺りでは珍しくないですしぃ、髪型もぉ、ここに勤めている女官のぉ、ほとんどが同じ髪型ですよねぇぇ?」
「………………」
「つまりぃ、どの女官がぁスパイなのかぁ説明できないと……。あなたぁ、諜報員とかぁ探偵にはぁ向かないタイプですねぇ……」
「か、顔は覚えてるし!次はちゃんと名前とかもチェックするし!」
「ハイハイぃ……、ぜひぃそうしてくださいぃ。ではぁ……また猫さんの姿にぃ戻りましょうかぁ……」
そう言ってリィサがパチンと指を鳴らすと、背後に控えていた例のキメラが羽根の先で器用に俺の鼻先をくすぐってくる。
「うわ……っ!?ちょ……っ、ふ……ふにゃ……ッくしょいっ!!」
身体が急速に縮む。そのまま猫の姿でガウンの中、必死にもがいていると、リィサがひょいと俺をすくい上げてきた。
「今度はぁ、失敗しないでくださいねぇぇ。スパイの名前も大事ですけどぉ、そのスパイがぁ誰かと接触していたりぃ、アヤシイ動きをしていないかぁ、しっかり見張っていてくださいぃ」