言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第3話(イマココ)
(俺、諜報員や探偵に向かないタイプって言われたけど、あのトリーヌって女も相当だよな……)
トリーヌを尾行し、その動向を観察しながら、俺はそんなことを思っていた。
トリーヌの目的はどうやらフローラに危害を加えるようなことではなく、異世界召喚についての情報収集らしい。
女官としての仕事をするかたわら、同僚の女官や文官たちに話を訊いて回っているのだが、“世間話のついで”を装う気など一切無いらしく、ガッツリ前のめりに訊きたい話題を出しまくりだった。
その不自然さに相手が若干ヒキ気味なのにも気づいていない。
(……つーか、あの女、何で異世界召喚について調べてんだ?しかも、やっぱ異世界召喚のことは界聖宮の人間もほとんど知らないっぽいな)
実はこの世界にとって“異世界とつながる”ことは、各国の勢力図――あるいは世界構造そのものすら変えてしまいかねないほどの超重要案件なのだが、この頃の俺がそれを知る由もない。
「……ふぅ。なかなか上手くいかないものね。こんなことじゃ、いつ姫様の元に戻れることか……」
休憩室に一人きりになると、トリーヌはまた例のペンダントを取り出し、ブツブツと一人言を呟き始めた。
「……あぁ、姫様。トリーヌは姫様のためなら、どんな危険な任務でも果たしてみせます……っ。でも、そのために姫様のおそばにいられないなんて……」
(この女、姫様大好きだな。なんか、主従愛って言うより、もっと濃ゆい愛を感じる気が……)
一人の世界に浸るトリーヌを陰から見つめていると、視界の端に何か、猫の本能的にものすごく気になるモノを見つけた。
(あれは……ヤモリ……?それともトカゲ、か?)
どこから入り込んだのか、茶色い小さな爬虫類が四つん這いでカサコソとトリーヌに忍び寄っていた。
「フーーーーーーッ」
気づけば俺は隠れることも忘れ、その爬虫類に向け唸り声を上げていた。
「きゃっ!?例の猫!?……って言うか、ナニ威嚇してんのよ!ダメよ!このコは……!」
トリーヌは俺から庇うように、あわててその爬虫類を手の上に掬い上げた。
そのまま持ち上げて観察し、ほぅっと安堵の息をつく。
「……やっぱり、姫様の伝書竜だわ。良かった、猫に獲られる前で。まったく、姫様のお文遣いに何かしてみなさい、あんたなんかドブ川に放り込んでやるんだからね!」
(伝書竜……!?ソレ、竜なのか……!?)
ソレはパッと見はただのトカゲだが、よくよく見ると西洋のドラゴンをシュッと細くしてミニチュア化したような姿をしていた。
トリーヌが『よしよし』とその竜の背を撫でると、竜は腹と喉を奇妙に蠢かし始め、そのうちにペッと何かを吐き出した。
伝書鳩の脚によく括りつけられている感じの、手紙を入れる小さな筒だ。
(うぇええぇ〜っ!?伝書竜って、そうやって手紙運ぶのかよっ!?)
思いのほかグロテスクだった手紙の格納方法にショックを受けていると、文面に目を通したトリーヌが頬に手を当て叫んだ。
「……姫様が、いらっしゃる!?ど、どうしよう……っ!まだ何の成果も得られてないのに……っ!……って言うか、ヤダ!こんな、お肌のコンディションの悪い日にっ!……そうだ、とにかく、お返事を……っ」
トリーヌはポケットから小さな紙とペンを取り出すと、何かを書きつけ伝書竜の筒に入れた。
「じゃあ、よろしく。私の手紙、ちゃんと姫様に届けてね」
トリーヌ筒を置くと、伝書竜は長い舌で器用にそれを絡め取り、ゴクンと丸呑みにした。
そしてそのままトリーヌが開け放した窓から小さな翼で飛び立っていく。
「よッし、約束の時間まで、あと5時間。少しでもお肌のケアをしておかないと……っ」
(いや、やること違くねぇか?成果が何も無い件はいいのかよ……!?)
例の心聖玉の姫をこの目で見られるかも知れない――なんてことを考えるより先に、俺は思わず心の中でトリーヌにツッコミを入れてしまった。
その後、俺は自分が何を探っているのかも分からなくなりかけながら、トリーヌが仕事の合間に行う奇妙な顔面ストレッチや、キュウリっぽい輪切り野菜を顔中に貼っているところなどを、5時間もの間、延々と観察し続けたのだった……。