言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第3話(イマココ)
「にょ……女官長……!?」
トリーヌと呼ばれた女スパイはもちろん、俺も思わずビビりまくって後ずさる。
(声掛けられる直前まで全く気配を感じなかったぞ。女官長……何者だよ)
「トリーヌ、あなたの持ち場はここではなかったはずです。ここより先は限られた人間しか立ち入りを許されぬ場所。あなたも知っているはずです」
「あの、でも……廊下にホコリが……。ホラ、猫の抜け毛なんかも溜まっちゃってますし、掃除しないと!」
「……トリーヌ、私は何も咎めているわけではないのですよ。今“結界の中庭”ではフローラ姫様が聖玉制御の修業をされています。いかに結界で隔てられているとは言え、相手はあの姫様。万一、暴走でも起きれば、どんなことになるか分かりません。……つい先日も、将来有望な若者が時空の歪みに吸い込まれて消えてしまったばかりですし……」
沈痛な面持ちで告げられたその言葉に、俺はハッと閃く。
(俺のことか!……つーか“先日”って言い方からすると……やっぱ地球とこっちの世界とじゃ、若干時間のズレがあったりすんのか?)
「あの……っ、その“将来有望な若者”って、結局何者だったのですか?噂では、フローラ姫様の花ムコ候補ですとか、歴戦の勇者ですとか、いろいろ言われてますけど……」
(え……そんな噂広まってんのか……?)
「それを聞いてどうするのです?彼が何者だったにせよ、もう二度とここには戻って来ないかも知れませんのに……」
(……いや、今、思いっきりココにいるけどな……)
心の中でツッコミを入れつつ聞いていると、トリーヌがさらに踏み込んだ質問をし始めた。
「あの……っ、噂ではフローラ姫様、実は異世界への扉を開くことに成功されて、あちらの世界の動植物を密かに収集してらっしゃるとか……。先日の若者も、実は召喚に成功した異世界の少年ということは……?」
トリーヌの推理に、フェリアの眉が一瞬だけピクリと動く。
だが、それ以上は表情を動かすこともなく、フェリアは感情の籠っていない声で答えを返す。
「一体どこでそのような噂を聞いたのですか?いかに姫様が稀有な御力の持ち主と言えど、異世界と空間をつなげるなど、夢のまた夢の話。そのように人間離れした偉業、成し遂げられるはずが無いではありませんか」
「でも……実際にここの所、見たこともない動植物のサンプルが頻繁に……」
「……トリーヌ。こんな所で無駄話をしていないで仕事に戻りなさい。やるべき職務を果たしていないとなれば、人事査定を厳しくせざるを得ませんよ」
「ハ、ハイ……ッ!すみませんでした……っ!!」
厳しい声での一喝に、トリーヌはサッと顔色を変え、例の中庭とは逆の方向へと走り去っていく。
フェリアはその後ろ姿を見送った後、溜め息とともに意味深な一言を漏らした。
「……何というあからさまな間諜行為。あんな娘を使っているなんて、彼の国ではよほど人材が不足しているのかしら」
(へ……?女官長、あのトリーヌって女がスパイって見抜いてる?まさか知っててワザと泳がせてんのか……?)
気にはなったが、今はトリーヌを追う方が先だ。今度は見失うことのないよう、俺は猫の脚力を最大限に活かしてトリーヌの後を追いかけた。