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第3話:マスコット・キャラは勇者が兼任・10

☆☆☆

 俺が我に返ったのは、女官たちの休憩室に連れて来られてから、たぶん30分以上経ってからのことだった。
 
 さすがにほとんどの女官は通常業務に戻っていたが、交替で休憩している女官たちが「カワイイ」と褒めちぎってくれたりチヤホヤしてくれるので、すっかりくつろぎモードに入ってしまっていた。
 
(俺、フローラを守らなきゃならねぇのに!とにかくフローラの所へ戻らないと!)
 
 俺は毛布の上から飛び下り、元来た方角へ向かう。
 
 ……が、そこには猫の手ではどうにもならないドアという名の巨大な障害物が立ちはだかっていた。
 
(届かねぇぇ……っ。全然ドアノブに触れねぇ……っ!つーか、メチャクチャ重そうで猫の力じゃ開く気がしねぇ……)
 
 自力で開けることを諦めた俺は、脳をフル回転させ、これまで数々の猫動画で見てきた“こういう時の猫のおねだりパターン”を実践してみることにした。
 
「ニャアァァァ……」
 
(必殺・ドアをカリカリしながら可愛く鳴いてアピール作戦だ!)
 
 高級そうな木の扉をカリカリ引っ掻いて意味ありげに振り向く。
 すると室内にいた女官がすぐに駆け寄ってきた。
 
「キャー!ダメよ!扉にキズなんてつけちゃ、女官長に叱られちゃうじゃない!」
 
 有無を言わさず抱え上げられ、ドアから遠ざけられる。
 
(いや、イタズラしたわけじゃないって!俺はここから出たいんだよ!出してくれよ!)
 
「ニャー!ニャー!出セニャー!」
 
 頑張って猫の鳴き真似で訴えてみるが、やはりフローラの時と同じで全く通じない。
 
「……鳴き声まで普通の猫と違うのね。本当に気味が悪いわ。こんな得体の知れない生き物を世話しようだなんて、この国の連中って本当、頭がおかしいんじゃないの?」
 
 たぶんひとり言であろう呟きは、しかし、彼女に両腕を掴まれ“捕えられた宇宙人”状態で連行されている俺にはバッチリ聞こえていた。
 
(……『この国の連中』?その言い方、まるでこの女が他所の国から来たみたいな……)
 
 よくよく観察してみれば、この女官、さっき俺のことを『真ん中からパックリ割れて…』うんぬん発言してきた女官だ。
 
 彼女は俺を乱暴にテーブルの上に下ろすと、辺りをキョロキョロ見回した。
 室内に他に誰もいないのを確認すると、彼女は女官服の首元からそっと何かを引っ張りだした。
 
 それは一見、金のロザリオのように見えた。だが、よく見ると違う。
 ――それは金色のドラゴンのペンダントだった。躯に対して垂直に広げられた翼が、ちょうど十字架のような形に見えるのだ。
 
 女官はペンダントの表面を大切そうにそっと撫で、深いため息をついた。
 
「私、こんなヘンな生き物の世話するためにここに来たんじゃないのに。……姫様。私、いつまでこんな所に居ればいいんですか?」
 
 泣き言のように小さく呟き、彼女はペンダントを再び服の中にしまった。
 
(……『姫様』?それって、フローラのこと……じゃないっぽいよな?この女、何者だ?ひょっとして、この女が心聖玉とやらの聖玉姫のスパイで、フローラに危害を加えようとしてるのか?)
 
 警戒心を抱かれにくい猫の姿のおかげで、俺は特に自分から何かしたわけでもないのに、なりゆきでアッサリ怪しい人物を発見できてしまった。だが、ここからが問題だった。
 
(早く、赤ずきん姫の所へ行って、アヤシイ女を見つけたって教えないと!)
 
 ……そうは思っても、相変わらずドアという大きな壁が行く手を塞いでいて、部屋から出ることすらできないのだ。
 
 そのうちに怪しい女官も休憩を終えて部屋を出て行ってしまった。
 俺は女官たちが部屋を出入りするスキを狙って何とか外へ出ようと脱走を試みたが、そのたびに『コラぁ!お外は危ないんでちゅよー!』とナゾの赤ちゃん言葉で叱られ、元の位置に連れ戻されてしまう。
 
 こうして為す術もなく時は過ぎ、俺は夕食にベージュ色でドロリとしたペースト状のナゾ物体を与えられ、大きめの藤カゴにクッションをたっぷり詰め込んだ即席猫用ベッドに寝かされて、一匹室内に放置されることとなってしまった。

☆☆☆

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このページは津籠睦月による異世界召喚ネット小説「ブラックホール・プリンセス」
シンプル・レイアウト版第3話その10です。
用語解説フレーム付きバージョンはもっと先までストーリーが進んでいますが、
シンプル・レイアウト版は後から制作しているため、ストーリーが遅れています。
 
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