言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第2話(イマココ)
「アーデルハイド様っ!お逃げになってください!」
フローラが俺の前へ出ようとする。それを見た男が笑みを浮かべナイフを構えるのが見えた。
人々の口から悲鳴のような吐息が漏れ、俺の頭には一瞬、最悪の未来予想図が浮かぶ。
(……ダメだ!冗談じゃねぇ!ヒロインの命と引きかえに助かるとか、一番救われねぇ結末だろうがっ!)
俺はとっさにフローラを騎士その1の方へ突き飛ばした。
「フローラを頼む!」
「えっ!?ちょ……ひぇえぇえっ!?」
受け止めた騎士その1はなぜか悲鳴を上げてパニクっていたが、俺にそれを観察している余裕などなかった。
(とにかく、攻撃を避けて……っ)
正面から向かってくる男を、後ろへジャンプして避けようと地を蹴る。
だが、それは俺にとって予想外の結果をもたらした。
「……うおぉっ!?」
想定ではほんの少しばかり後ろへ下がるはずだった俺の身体は、まるで跳び箱の踏み切り板でも踏んだかのようにポーンと軽く宙に浮き上がったのだ。
「うおっ!?何だ!?あれが勇者の動きなのか!?」
「あんな軽くジャンプしただけで、あの跳躍力かよ!?フツーじゃねぇな!」
観衆が驚きの声を上げるが、正直この時一番驚いていたのは俺自身だと思う。
(な……何が起きてんだ!?まさか火事場の馬鹿力的ナニかで、俺の中の秘められた力が解放されて……!?いや、今はそれどころじゃない!例のボスはどうしてんだ!?)
視線を向けると、例の元・悪の組織のボスも一瞬硬直し、ポカーンとして俺を見ていた。
だが、すぐに我に返ったらしく、再び嫌な笑みを浮かべてナイフを構えてくる。
「その動き……相当な手練だな。そうか、王女を倒すにはまず先にお前を倒せということか!面白い!いざ勝負だ!」
(いやいやいや!面白がるなよ!俺、完っ全に丸腰だぞ!?それでどう勝負しろってんだよ!?何で誰もソコ、気づかねんだよっ!?)
さっきと同じ要領で男が突っ込んで来るタイミングでジャンンプして避けながら、俺は『誰か救いの手を差し伸べてくれる人間はいないのか!?』と広場のあちこちへ視線を送っていた。
その目にふと、あるモノが飛び込んできた。
今はただ石畳の上に転がされているだけのソレは、例の大道芸人が振り回してみせていた巨大な槍だった。
「ちょっとコレ、借りてくぞ!」
一応一言そう言い置いて、走り抜けざま片手にランスを引っつかむ。
べつに俺にソレが使いこなせるなどと思っていたわけではない。
ただ、柄の長いランスと男の持つ短いナイフとでは間合い的にランスの方が圧倒的に有利だろう、使えなくても振り回しているだけで、ある程度相手の攻撃を防げるのではないか――そんな風に思ったのだ。
重くて動かせなかった場合、逆に邪魔にしかならないのだが、そこに考えが及ばなかった辺りが当時のリアル中二思考だ。
だが幸いなことに、ランスはすんなり持ち上がった。しかも、想像していたよりずっと軽々と……。
「オイ……。あいつ、あんな小っこいのに、あんなバカでけぇランスをあっさり持ってやがるぞ……」
「嘘だろ……。アレ、大の大人でも持ち上がらなかったシロモノだぞ……」
周囲がどよめく。だが俺には逆にそのどよめきの方が理解不能だった。
(え……?いや、フツーに持てるけど。重いっちゃ重いけど、そんな腕プルプルするほどの重さでもないし……)