ブラックホール・プリンセス(タイトルロゴ)

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第3話:マスコットキャラは勇者が兼任(けんにん)

  

  ――猫はいいよなぁ。一日中ゴロゴロ()てればいいんだから。
 ……昔の俺は、ご近所のニャンコたちを(なが)めながら、そんな風に思っていた。しかし、今は(ちが)う。
 あのネコたちにだって、きっといろんな苦労があるはずだ。(はた)から見ているだけでは分からない、当事者にならなければ知ることのできない苦労というヤツが……。
 これは、そのままフツーに“ただの人間”をやっていれば知るはずもなかったそんな当事者(・・・)としての苦労を、ナゼか強制的に知る羽目(ハメ)になってしまった俺の、リアル中二時代のエピソードである……。

☆☆☆

 それは俺が生まれて初めて異世界に召喚(しょうかん)され、超絶美麗(ちょうぜつびれい)眉毛(まゆげ)の美姫・フローラと出逢い、思いがけないハプニングで地球に帰還した、その夜のことだった。
 制服を(よご)してしまい、お袋に軽くキレられた俺は、(ばつ)として大量の皿洗いをさせられ、その後、風呂に入ってやっと人心地(ひとごこち)ついたところだった。
(あ〜ぁ……せっかく異世界召喚を体験できたってのに、一日も()たないでこっちに戻って来るなんてアリかよ……。もったいな……)
 この時点では、再び召喚されるかどうかなどサッパリ分からず、俺はかなりメランコリックな気分に(しず)んでいた。
(フローラ……。すっっっごい理想的な形の眉毛だったよな……。せめて動画……いや、静止画でもいいから保存できていれば……)
 もう今さらどうにもならないことばかり考えながら、俺はシャワーの蛇口(じゃぐち)をひねる。いつものように熱い湯を頭から浴びようとして……俺はすぐに異変に気づいた。
 普通ならシャワーヘッドから真っ()ぐ落ちてくるはずの湯が、途中(とちゅう)でぐにゃりと横向きに曲がり、俺の後方へと流れていく。思わず水滴(すいてき)行方(ゆくえ)を追うように後ろを振り返り、俺はそこにあまりにも見覚えのある例のアレ(・・・・)を見つけた。
 シャワーから(あふ)れる湯さえも巻き込み、空間を渦巻(うずま)き状に(ゆが)ませて現れた、一本の華奢(きゃしゃ)(うで)。相変わらずホラーなビジュアルだが、その手は間違(まちが)いなく異世界の美姫・フローラのものだった。
(えぇぇー……。昨日の今日どころか、今日昼(きょうひる)の今夜でもう再召喚かよ。早くね?いや、(うれ)しいけど)
 予想外の再会(?)、しかも自宅の風呂場にフローラの手というシュール過ぎる光景に、俺の思考はプール後の授業の半居眠り状態くらいにまで低下していた。だから、一番重大な事実に気づくのに(おく)れた。
(いや、よく考えたらそれどころじゃない!今、俺、完っ全に()()だぞ……!今はマズい!つーか、何でよりによってこのタイミングなんだよ!?)
「あ、あのさーフローラ……。気持ちは嬉しいし、俺もそっちに行きたいのは山々なんだけどさ……。もうちっとばかし待ってくんね?」
 ダメ元で“手だけフローラ”に話しかけてみる。だが、その手は引っ込むどころか俺を手探(てさぐ)りで探そうとするようにワサワサと(うごめ)きだす。
(あぁ〜っ……やっぱ声は届かないのか……)
 俺はとにかく手だけフローラに(つか)まらないよう匍匐(ほふく)前進のポーズをとる。
 このまま全裸で異世界召喚などということにでもなれば、王女に無礼を働いた罪か何かで牢にぶち込まれたり、下手すると何らかの刑に処されたりもしかねない。
(とにかく今は一着でも多くの服を……っ!)
 こうして異世界召喚から必死に逃れようとする勇者を捕まえようとする王女という、よく分からない構図が生まれたわけだが……
 空間をねじ曲げられた風呂場の床は絶妙に(ゆが)みナナメっていて、気づけば俺は知らず知らずのうちに自ら歪みの中心――フローラの手へと近づいてしまっていた。
「……ひッ!?」
 フローラの指先が俺の()れた(うで)に触れた……と思ったら、次の瞬間には手首を鷲掴(わしづか)まれ、(すさ)まじい力でナゾの異空間にひきずり込まれていた。
「ま、待……っ!今はマズいから!お互い気マズくなるだけだから!」
 いくら叫んだところで召喚は止まらない。相変わらずの阿鼻叫喚(あびきょうかん)の後、向こうの世界へと引きずり出される……
「……ぅ……にゃ……っくしょいっ!」
 その瞬間、真っ裸で異世界到着……という羞恥心(しゅうちしん)よりも、濡れた身体が外気に触れたことによる生理現象の方が先に来た。
 何だかいつもと(ちが)うヘンなクシャミだな……と思いながら目を開けると、そこには例の超絶美麗眉毛……じゃなくて、異世界の美姫・フローラの姿が……。
(お、終わった……。俺の異世界生活(ライフ)、こんなことで終了なのか……)
 だが、フローラは顔を赤らめることも嫌悪(けんお)に顔を歪めることもなく、予想外の言葉を口にしてきた。
「まぁ!ニャンコさん……ですの?私、確かにアーデルハイド様を召喚したと思いましたのに……。不思議ですわ……」
(……は!?ニャンコ……!?)
 そこで俺はようやく気づく。いつもと視点の高さや身体の感覚が違うことに……。
 ぎょっとして見下ろすと、俺の全身はいつの間にかモフモフの毛に(おお)われていた。腹の辺りは白、脇っ腹から脚にかけては濃淡の違うオレンジがかった茶色の毛がしましまの模様を描いている。
(こ、これはまさか……)
 おそるおそる目線を上げると、そこにはフローラの手のひらより、さらに小さくほっそりとした、(まぎ)れもない猫の手(・・・)があった。
「ニャン……だとおぉーっ!?」
 わけも分からずいきなり猫の姿(すがた)にされれば、(だれ)でもパニックにもなると思う。俺も当然ながらパニックになり、気づけばフローラの手から()げ出していた。
「まぁっ!待ってくださいな!異世界のニャンコさんが無闇(むやみ)に動き回っては危険ですわ!」
 フローラの声が背後から聞こえていたが、衝動(しょうどう)のままに()け抜ける俺の耳には入らない。
 ただでさえ重力の(ちが)いで身体(からだ)が軽くなっている上、時速48kmにも達する猫の脚力(きゃくりょく)が加わった俺は、あっと言う間に界聖宮の敷地(しきち)(はし)辺りまで到達(とうたつ)していた。そしてそこで、ある人物と出合い(がしら)にぶつかってしまったのだった。
「きゃあぁぁ〜っ!痛いのですぅぅ……」
「い、いってぇ……」
「……あらあらぁ?ヒトの言葉を話す猫さんなんて、あり()ないのですぅ……。あなたぁ、ひょとしてぇ……異世界勇者のアーデルハイド・コータロー・タカハシさん、ですかぁ……?」
 のんびりした口調(くちょう)ながら、なぜかいきなり俺の正体を見抜(みぬ)いてきたその人物は、俺にとってあまり良くない印象の残っている相手だった。
「そういうお前は……赤ずきん姫……じゃなくて、リィサ・何とか……!」
「リィサ・ロッテ・リーストですぅ。“お前”だなんて失礼しちゃいますぅ。ウチの国の人が聞いていたらぁ、不敬罪(ふけいざい)(ろう)送りになるところですよぉ」
 相変わらず、幼い見た目と、のほほんとした口調にそぐわず、言っている内容がえげつない。
(この女……実は絶対に腹黒だろ……)
 まだ直感でしかなかったが、この時点で俺はリィサの本質を的確に見抜いていた。
「やっぱり人外の姿に変身してしまったのですねぇ……。きっかけは何でしたぁ……?クシャミとかアクビとかしましたかぁ?」
「『やっぱり』って何だ!?『やっぱり』って!あんた、俺がこんななった理由が分かるのか!?」
 不敬罪という言葉にビビり、一応『お前』を『あんた』に改めながら、俺は問う。
「はいぃ……。推測(すいそく)ではありますがぁ……。先日私がぁ、命聖玉(めいせいぎょく)(もち)いてぇ、あなたの言葉が通じるようにした際ぃ、ちょっとイレギュラーな事態が発生してしまったようでぇ……」
 リィサは悪びれた様子もすまなさそうな表情も一切見せず言葉を続ける。
「異世界人に命聖玉を使用したせいなのかぁ……あなたの遺伝情報や体組織はぁ、今とっても不安定な状態にあってぇ……ふとしたきっかけで変質したり組み変わったりしてしまうようなのですぅ……」
「は!?何だソレ!?そんなのあり得んのかよ!?ってか、何でそれで猫になるんだ!?」
「人体にはぁ、現代でもまだ解明されていない神秘がぁ、いろいろあるものですぅ。たとえばヒトとチンパンジーのDNAにはぁ、たった1.6%の違いしか無いのですぅ。グダグダになったぁ、あなたのDNAや体組織が何割かでも変化すればぁ、人間以外の何かになってしまったとしてもぉ不思議(ふしぎ)はないのですぅ。猫さんになったのはぁ……………………なぜでしょうねぇぇ?私の趣味(しゅみ)影響(えいきょう)したとかぁ、ですかねぇ?」
「いや、さっぱ意味不明なんだが、つまり原因はあんたってことだな!?」
「私のせいじゃないですぅ。私はただ親切心からあなたの言葉が通じるようにしてあげただけですのにぃ……。ヒドいですぅ」
 わざとらしい泣き真似(まね)にイラッとしたが、ここで()めてまた不敬罪など持ち出されてはたまったものではない。
「……で、あんたなら俺を元に(もど)すことができんのか?」
「えっとぉ……」
 リィサは服の中から例の(カギ)の形のペンダントを取り出し、俺の頭上にかざして、しばらく無言になった。
「……どうやら、クシャミをすれば元に戻るようですぅ。と言うか、クシャミをするたびに猫さんの姿と人間の姿と入れ
()
わるようですぅ。面白い体質になりましたねぇぇ……」
「いや、面白がんなよ!?あんたのせい……あ、いや。……と、とにかく、クシャミすれば人間には戻れるんだな!?」
「はいぃ。でも、よろしいんですかぁ?あなた、今、全裸(ぜんら)のようですけどぉ……。お洋服、どうされたんですかぁ?」
 茶トラ模様(もよう)の毛皮以外は一糸(いっし)まとわぬ俺にリィサが指摘(してき)してくる。
(そ、そうだったぁー!今人間に戻ったら、確実にマズいことになる!何とか服を調達(ちょうたつ)しないと!)
 アワアワする俺をリィサはしばらくの間、ナニを考えているのかよく分からないボンヤリ(フェイス)で見ていたが、ふいに思いもよらない提案(ていあん)をしてきた。
「あのぉ……せっかく猫さんになったのでしたらぁ、その姿を利用してぇ、ちょっと調べ物に協力してもらえませんかぁ?」
「は!?何でだよ!?あんた、一体何を調べて……」
 言葉の途中で、リィサがひょいと俺を(かか)え上げた。そのまま俺の猫耳に(くちびる)を寄せ、ひそめた声で秘密の話を語りだす。
「実はぁ、先日あなたが(つか)まえましたぁ元・犯罪組織のボスなんですがぁ、いろいろと不審(ふしん)な点がありましてぇ……。実はあのボスを(かげ)で操ってぇフローラ王女に危害を加えようとした黒幕がぁ、他にいるのではないかとぉ……」
「は!?何だソレ!?あのボス、ただの酔っ払いじゃなかったのか!?」
「フローラ王女の能力に対する恐怖がぁ本能レベルで()みついているこの国の住民がぁ、酒に酔った程度(ていど)でフローラ王女に(たたか)いを(いど)むのはぁ、ヘンなのですぅ。それにぃ、あのボスの手足の痙攣(けいれん)とぉ、特徴的(とくちょうてき)眼球振盪(がんきゅうしんとう)……。前に私はぁ、()たことがあるのですぅ……」
 そこでリィサは躊躇(ためら)うように一旦(いったん)言葉を切り、俺の目をじっと(のぞ)き込んできた。
「まだ推測(すいそく)の段階ですのでぇ、他言無用(たごんむよう)に願いますがぁ……あれは、洗脳……いぃえ、心を作り変えられた(・・・・・・・)人間のぉ……症状なのですぅ……。この世界でぇ人間の心を作り変えるような力を持つものはぁ、ただひとつ……八聖玉のうちの一つ、心聖玉のみ、なのですぅ……」

☆☆☆

 原因がどの聖玉なのか分かっているなら、その聖玉の持ち主を当たれば早いと思うのだが、事はそう単純には行かないらしい。
「一国の姫をぉ、何の証拠(しょうこ)も無くぅ、犯罪者(あつか)いなんてしようものならぁ、国際問題に発展しかねないのですぅ。ですのでぇ、当面の間はぁ、敵が再びぃ何かを仕掛(しか)けて来ないかぁ、様子見ですねぇ……」
「で、再び(おそ)って来たところを現行犯で(つか)まえたり、言い(のが)れできないような証拠を(つか)むってことだな?」
「えっとおぉ…………まあぁ、そういうことぉ、ですかねえぇ……」
 リィサの言葉は何だか妙に歯切れが悪い。
「先日のボスの(ねら)いはぁ、明らかにぃ、フローラ王女でしたぁ。敵が再びぃフローラ王女を狙って来る可能性はぁ、否定できません……。でもぉ、こちらがを警戒(けいかい)してぇ警備(けいび)を強化などするとぉ、相手も気づいてぇ、襲撃(しゅうげき)自体をぉ、取り()めかねません。そこでぇ、あなたの出番ですぅ」
「ニャンコ姿で油断させといて、いざとなったら例の怪力でフローラを守るってことだな。(まか)せとけ!」
「ええぇ。まぁ、そういうことですぅ。フローラ王女はぁ動物好きですしぃ、ちょっとくらい(めずら)しい猫さんがいたとしてもぉ、それほど不審(ふしん)には思われないはずなのですぅ。いっそのことぉ、新種の激レア猫さんだから王女に献上(けんじょう)されたとでもしておけばぁ、言い(わけ)としてバッチリなのですぅ」
「は……?新種?激レアって、何が?俺、たぶんフツーの茶トラ猫だけど?」
「あなたの世界ではぁ普通なのかも知れませんけどぉ、こちらの世界では全然普通ではないのですぅ。なぜならぁ、この世界の猫さんはぁ、アレが一般的ですからぁ……」
 そう言ってリィサは庭園の片隅(かたすみ)を指差した。そこにはノラ猫と(おぼ)しき一匹の猫が、のんびり寝そべり毛づくろいをしていたのだが……
「あ……青緑色の金属光沢(こうたく)……!?」
 形状(フォルム)は地球の猫と全く変わらないのに、毛の色だけが明らかにおかしい。まるでクジャクの羽毛の一部のようなメタリックなブルーグリーンだ。
「……重力だけじゃなく猫の毛色まで(ちが)うのか。さすがは異世界……」
「ですねぇぇ……。私もビックリですぅ。こぉんな素朴(そぼく)で地味……あ、いえぇ、落ち着いた色合いの猫さんがいるなんてぇ……。こちらの世界の猫さんはぁ、みぃんな派手でキラキラしててぇ、“動く宝石”と呼ばれていたりぃするのですぅ」
「悪かったな!キラキラしてなくて!地味で!」
「いぃえぇ……これはこれでワビサビ的な味があってぇ良いのですぅ。特にぃ、このピンク色の肉球なんてぇ何だかお菓子みたいでぇ美味(おい)しそうなのですぅ」
「あ、ちょっ……()むな!ちょっとしたセクハラだぞ、コレ!」
 事前承諾(しょうだく)無しの肉球モミモミに猛抗議(もうこうぎ)していると、向こうから可愛らしい足音が聞こえてきた。
「ニャンコさ〜ん!どこへ行ってしまいましたのー?」
「フローラだ!」
「あなたを(さが)しているようですねぇ。丁度(ちょうど)良いのでぇ、このままフローラ王女にぃあなたを(あず)けますぅ。……ちゃあんと猫さんのフリ、しててくださいねぇ」
「おう!任せとけ!」
 猫のフリなんて簡単だ。適当にニャンニャン言ってゴロゴロ寝転(ねころ)がっていればいいんだから……この時の俺はまだそんな風に、猫も演技もナメていた。
 芝居(しばい)経験もロクに無いド素人(しろうと)が、猫などという人外の役を24時間演じ続けなければならないという困難を、この時の俺はまだ、サッパリ理解できていなかったのだ。

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