言ノ葉ノ森TOP>INDEX(もくじ)>シンプルINDEX>第3話(イマココ)
「……と言うワケでぇ、この猫さんはぁ、しばらくぅ貴女の元でぇ保護してあげてぇ欲しいのですぅ」
『異世界の猫なら元の世界へ帰すべきでは』と常識的な判断をしてくるフローラを何とか言いくるめ、リィサは俺をフローラの腕に押しつけた。
「では、このニャンコさんは私が責任を持って預らせていただきますわ」
フローラはリィサの手から俺を受け取ると、瞳をキラキラさせて俺の全身を眺めてきた。
「それにしても珍しい色と模様……。なんてエキゾチックなニャンコさんなのでしょう。………………あら?あなた、男の子でしたの?あまりに愛らしいので、女の子かと思っていましたわ」
「うぎゃ……っ!?み……っ、見るなーっ!!」
フローラの視線が何に向けられているのかに気づき、俺は思わず絶叫してフローラの腕から飛び降りていた。
ボディがニャンコな以上、例のアレもフワフワのポンポン状ではあるのだが……そうは言ってもまじまじとソコを凝視されるのは羞恥プレイが過ぎる。
「えっ!?このニャンコさん、今、人間の言葉を話しました?」
フローラが呆気にとられた顔で呟く。
「いっ……いいえぇ……気のせいだとぉ思いますぅ。きっとぉ、異世界の猫さんなのでぇ、鳴き声もぉ、こちらの猫さんたちとぉ、ちょっと違うのだとぉ思いますぅ。ね?猫さん」
リィサが表面上はニコニコした顔でフォローを入れながら、フローラの死角から『あなたぁ、何をぉいきなりぃドジ踏んでるんですかぁ?』とでも言いたげな感じで俺のシッポの先を踏みつけてきた。
「ミ、ミルニャー。ミルミルニャー」
俺はあわててソレっぽく聞こえるように猫の鳴き真似をしてみせる。
フローラは訝しげな顔をしながらも、何とか納得してくれた。
「本当ですわね。変わった鳴き声ですわ」
「ではぁ、そういうことでぇぇ……その猫さんのことはぁ、お任せしますぅ。それではぁ~……」
何が『そういうこと』なのかはサッパリ不明だったが、リィサはそう言うとそそくさとその場を立ち去ってしまった。
フローラはしばらくの間ニコニコとリィサの後ろ姿を見送っていたが、その姿が完全に見えなくなると、おもむろに……いや、急激に、俺に向かって突進して来た。
「…………っニャンコさんっっっ!!」
「ぐげぶッにゃ」
いきなり抱え上げられギュウギュウに抱き締められて、思わず口からヘンな声が出る。
「なんって可愛らしいのでしょう!ふわふわのモフモフですわ!」
そのまま激しく頬ずりされる。
美姫に抱きつかれ頬ずりされると言えば通常はただのご褒美なのだが、小さな猫の身で数倍の体重はあろうかという人間に持ち上げられ、身体をキツく締めつけられた挙句に激しく上下に揺さぶられるという状況を、ちょっと想像してみて欲しい。とてもフローラの感触や甘い香りを楽しんでいるどころではない。
「ヤ、ヤメニャー!イヤニャー!」
人語を話すわけにはいかないので、何とか『嫌がってるっぽく』聞こえるよう猫の鳴き真似をしてみる。だが……
「先ほどとはまた違った鳴き声ですわ!様々なバリエーションがあるのですわね。可愛い鳴き声ですわ。もっといろいろ聞いてみたいですわ!」
(つ……通じてない……だと……!?)
「私、動物を飼うのがずっと夢でしたの!あなたのような可愛いニャンコさんをお世話できるなんて感激ですわ!」
(え……さっき見たメタリックなノラ猫は飼ってやんないのか?)
フローラの“ペット飼えない事情”についてまだ知らなかった俺は、そんな素朴な疑問を抱いた。だが、その疑問に対する答えはすぐに判明する。
「姫様。そのお手に抱えていらっしゃるのは、何でしょう?」
背後から聞こえた、いかにも厳しそうな女の声に、フローラはビクッとして俺を取り落とす。
「……変わった毛色ですが、猫、には間違いありませんね?」
「その……違うんですのよ、フェリア。このコはただのニャンコさんではなく……」
「見た目にどんなに愛らしくとも、動物というものは、人の身に害となる雑菌を有していることがございます。尊き聖玉姫の身に万が一のことがあれば、女王陛下にも、この国の民にも顔向けができませんわ」
声に皮肉とイヤミをこれでもかと盛り込んでくるその女は、金属フレームの眼鏡をかけた20代半ばほどの知的美女で、以前見た“レトロ・ナース風お姉さん”と似た格好をしていた。だが、以前見た彼女より服の装飾が増え、数段“偉そう”な感じだ。
「フェリア!このニャンコさんはどうしても私がお世話をしなければならない異世……あっ、いえ……リィサ姫からの預り物なのですわ!」
(今、“異世界の猫”って言いかけて止めたよな?異世界召喚のことは聖玉宮の人間にも秘密なのか?)
だがフローラのそのとっさの誤魔化しは、ますます事態をややこしい方向へ持って行ってしまった。
「リィサ姫様ですって!?あのキメラだの何だのという得体の知れない生き物を大量に飼育しているというお噂の……?そのような方からお預かりした猫など、ますます姫様のおそばに置いておくわけには参りませんわ!」
「そんな……っ、それでは、このコのお世話は一体誰がすると言うのです!?」
「それは私ども女官一同がしっかり務めさせていただきます。聖玉姫猊下の所有物を管理するのも女官の大切なお役目の一つですから」
フェリアと呼ばれたその女は、そう言うとヒョイと俺を抱え上げた。
「待ってください!ケガなどせぬよう、気をつけますから、そのニャンコさんを返してください!」
「いいえ。動物というものは、どんなに気をつけていても、ふとした機嫌や本能で飼い主を攻撃してくるものです」
フェリアはそうしてウォーキングの見本のような美しい姿勢で……しかし、思わず『競歩の選手かよっ!?』と疑いたくなるほどの足の速さで俺を運んでいく。
後ろからフローラが必死に追って来るが、フェリアは振り向くことさえせずに、それを振り切った。